アントニオ猪木「道」

私は今、感動と感激、そして素晴らしい空間の中に立っています。

心の奥底から湧き上がる、皆さまに対する感謝と熱い想いを止めることが出来ません。

カウントダウンが始まってから、かなりの時間が経ちました。

いよいよ今日が、このガウンの姿が最後となります。

思えば、右も左もわからない一人の青年が力道山の手によって、ブラジルから連れ戻されました。

それから、38年の月日が流れてしまいました。

最初にこのリングに立った時は、興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、今日はこのような大勢の皆さまの前で最後のご挨拶が出来るということは本当に熱い思いで言葉になりません。

私は色紙にいつの日か『闘魂』という文字を書くようになりました。それを称してある人が『燃える闘魂』と名付けてくれました。

闘魂とは己に打ち勝つこと。

そして、闘いを通じて己の魂を磨いていくことだと思います。

最後に、私から皆さん…皆さまにメッセージを贈りたいと思います。

人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います。

この道をゆけばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ 行けばわかるさ。

ありがとうーーーー!

試す人になろう 野中郁次郎氏

一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏 今の時代に求められるリーダーとは

http://www.globis.jp/1917-3

最後に申しあげたいのですが、実は震災前に栃木にあるホンダの研究所を訪問し、いろいろと議論をしてきました。そこで研究所の50周年記念でしたか若手のプロジェクトメンバーがホンダ研究所のあり方なようなものをまとめたビデオを見て非常に感動しました。かつて本田宗一郎が通っていた小学校の石碑には、「試す人になろう」という言葉が刻まれているのです。ビデオでは「もう一度ホンダの原点とは何か、そして我々はなんのために存在するのかを見つめ直そう」ということで、「試す人になろう」という本田宗一郎のその言葉が語られていました。人生は見たり、聞いたり、試したりという3つの知恵でまとまっているが、多くの人は見たり聞いたりばかりで一番重要な“試したり”をほとんどしない。ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ないと。だから‘Be Someone Who Tries’となる。「やってみようじゃないか」ということです。徹底的に考えてもわからないことはあります。しかしだからこそ共通善に向かって一歩一歩無限に、実践を通じて真・善・美に近づく以外方法はないということです。経営にマジックはありません。しかしながら「共通善に向かって何をやりたいんだ」、そして「それを実現する手段は一体なんなんだ」と考えてみれば、結論はアクションになります。とにかくやってみる。それを無限に続けていく以外に方法はないのではないか、というのが彼らの結論でした。

Think different スティーブ・ジョブズ

http://ja.wikipedia.org/wiki/Think_different#.E3.82.B3.E3.83.B3.E3.82.BB.E3.83.97.E3.83.88.E3.80.81.E5.93.B2.E5.AD.A6.E3.80.81.E8.83.8C.E6.99.AF

大人になると、この世界とはこういうもので、自分の人生も、その中にある人生を生きることだ、と言い聞かされることになりがちだ。壁を叩くようなことはしすぎるな。良い家庭をもって、楽しみ、少しばかりの金を貯めよう。

そういうのは、とても制約された人生だ。たったひとつ、単純な事実に気づけば、人生は可能性がずっと開けたものとなる。それは、自分を取り囲んでいるすべてのもの、人生と呼んでいるものが、自分より賢いわけではない人々が作り出しているということだ。周りの状況は自分で変えられるし、自分が周りに影響を与えることもできるし、自分のものを自分で作ることも、他の人々にもそれを使ってもらうこともできるのだ。

人生だと思っていたことも、突いてみることができ、自分が何かを押し込むことで、反対側で何かが突き出たりするのだと悟り、人生は変えることができると理解すれば、自分で人生を造形していくことができる。それこそが、おそらく何よりも大切なことなのだ。それこそが、人生はそこにあり、自分はその中で生きるしかないという誤った考えを揺さぶって振り払い、人生を抱きしめ、変化させ、改善し、自分自身の痕跡を刻み込むということなのだ。

私はこれはとても大切なことだと思うし、どのようにそれを学んだかに関わらず、それを学んだ者は、このいろいろな意味で厄介なことがらを抱え込んだこの人生を変化させ、より良いものにしようと望むことになるのだと思っている。一度このことを学べば、それまでのままではいられないのだ。

人生の目的 五木寛之

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%84%8F%E7%BE%A9#.E4.BA.94.E6.9C.A8.E5.AF.9B.E4.B9.8B.E3.81.AE.E8.A6.8B.E8.A7.A3

人生の目的は、『自分の人生の目的』をさがすことである。

自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの『生きる意味』を見出すことである。

変な言い方だが、『自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である』といってもいい。私はそう思う。

そのためには、いき続けなくてはならない。いき続けていてこそ、目的も明らかになるのである。『われあり ゆえにわれ求む』というのが私の立場だ。

自分だけの人生の目的をつくりだす。それは、ひとつの物語をつくるということだ。自分で物語をつくり、それを信じて生きる。

しかし、これはなかなかむずかしいことである。そこで自分でつくった物語ではなく、共感できる人々がつくった物語を『信じる』という道もある。

<悟り>という物語。<来世>という物語、<浄土>という物語。<再生>という物語。<輪廻>という物語。それぞれ偉大な物語だ。人が全身で信じた物語は、真実となる。

— 五木寛之『人生の目的』